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和歌山都市別簡略紹介

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和歌山市

 徳川御三家の紀州徳川家55万五千石の城下町として知られている和歌山市は古くは記紀の神話の中にも和歌山の地名が沢山に見られます。天の岩戸神話で天照大神を導き出すために作られた神鏡が祀られているという日前宮、神武東征神話で天皇の兄神彦五瀬命(ひこいつせのみこと)が雄叫びをあげて死んだ湊といわれる雄ノ湊、その兄神を葬ったと伝えられる竃山(かまやま)、そして神功皇后が朝鮮半島への遠征に出発した土地といわれている徳勒津(ところつ)宮などがあります。
 中世の和歌山市は雑賀衆と呼ばれる大名などの支配を受けない紀ノ川周辺の裕福な職人集団や周辺集落などの共同体が支配をしていました。有名なのが鈴木孫一でしょう。和歌山では鉄砲などの製造技術などが早くから発展していました。それは和歌山では早くから海運業が盛んで種子島に伝来したばかりの鉄砲を買い取り、量産化させるだけの技術力があったからです。
 織田信長の後に豊臣秀吉が政権を取ると雑賀衆の自治権が認められなくなり天正13年についに征服され豊臣秀吉の命によって和歌山城が豊臣秀長の手によって築かれました。以後、徳川の世と成り徳川頼宣が初代紀州藩主と成り徳川御三家として明治時代を迎えます。

海南市

みかん舟

紀伊国屋文左衛門

温暖な気候・風土に恵まれ、山の頂上近くまで耕された段々畑は柑橘栽培に向き、昔から盛んに温州みかん(普通 のみかんの品種)が栽培されていました。そして、この典型的なリアス式海岸をもつ天然の良港、下津港からみかんを各地に運びました。江戸期、下津は風波に見舞われ航路は途絶え、みかんを運送できなくなりました。地元では、みかんが大量 に余り、値段が下がっていきました。その頃、江戸においてみかんの値が上がっていることを知り、決死の覚悟で運んだのが紀伊国屋文左衛門です。これにより、大きな利益を得た文左衛門は、後の江戸八丁堀で材木問屋を営み幕府御用達商人となります。元禄時代(1688年〜1703年)の豪商ともいわれ、「沖の暗いのに白帆がみえる、あれは紀州のみかん船」と俗謡にうたわれるくらい世の人に深い印象を与えました。紀州熊野に生まれた文左衛門は、限りないロマンとオレンジ色の夢をのせて、この下津港から人生の船出をしていきました。町には勇気ある文左衛門をしのんで石碑が立てられています

岩出市

根来寺は岩出を代表する文化財の宝庫である。正しくは一乗山大傳法院根来寺といい、大治5年(1130)新義真言宗の宗祖かくばんが高野山に大傳法院密厳院を創建したのが始まりといわれる。高野衆徒との対立が続き、正応元年(1288)傳法院の学頭頼瑜により現在の根来の地に移転した。室町時代末期の最盛期には坊舎2700余、寺領72万石を数え、根来衆とよばれる僧兵1万余を擁する一大軍事集団であった。織田信長、豊臣秀吉に抵抗し、天正13年(1585)秀吉の討伐を受けその時の戦火で大師堂、大塔など数棟を残して焼土と化したが江戸時代より復興をみて新義真言宗の総本山として850年余りの法灯は連綿と護り継がれている。

和歌山県伊都郡”かつらぎ町”

丹生都比売神社
平成16年7月7日、世界遺産として登録された丹生都比売神社は、高野山の地主神として空海の高野山開創よりも早く、かつらぎ町天野の地に祀られてきました。
 「延喜式」の式内社で、天照大神の妹君にあたる丹生都比売神をはじめ四祭神を祀っている。あでやかな朱塗りの鳥居、楼門、太鼓橋、春日造りの四社殿の華麗なたたずまいは、由緒の深さとともに女神の里のおくゆかしさを感じます。(参照 かつらぎ町ホームページ http://www.town.katsuragi.wakayama.jp/)

和歌山県伊都郡”九度山町”

真田庵は正しくは、善名称院(ぜんみょうしょういん)といい戦国時代最後の武将、真田昌幸・幸村父子隠棲の屋敷跡として県の史跡に指定されています。
 創設は、1714年(寛保元年)大安上人によります。六文銭の紋が刻まれた門をくぐると、八つ棟造りの重厚な三層城閣風の本堂が建ち、軒の瓦には菊花の紋章が入っています。本尊は地蔵菩薩。境内には開山堂(大安上人の廟)・土砂堂・宝物資料館や真田昌幸の墓、それに与謝蕪村の句碑があります。
4月から5月にかけて大輪のぼたんの花が咲き誇ります。(参照九度山町ホームページhttp://www.town.kudoyama.wakayama.jp/Cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AM02000)
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